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硫黄島からの手紙。
 4日ほど過ぎてますが。
 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。
 
 正月期間中何をしていたかというと、半分くらいは酒かっ食らって死んでいたという表現が適切かと思われます。
 そんなわけで今年に入ってからたいした話のネタがなかったわけですが、去年より劇場公開されている「硫黄島からの手紙」をやっとこさ見て参りました。
 前回ブログで取り上げたのが公開日くらいだったことを考えるとその間お前は一体何をしていたのだと言うことになりますが、イベントの準備とか絵描きとか酒飲みとか絵描きとか酒飲みとかイベント参加とかそんなことをしていましたのでその辺りはご勘案いただければありがたく思います。
 
 さて、今回は一人で劇場へ足を運ぶ勇気は残念ながらないので隠れヲタのyann氏に付き合ってもらうことにしました。
 とはいえ前々から軍ヲタの素質もあり、ここのところ型月がどうとか言い始めているあたりからするとまあ適切な人選なのではないかと。
 小生、ぢつは有明とか埼玉とか沖縄とか北海道とか第三国とかなら足を運んだことが度々ありますが、栃木県民向けの一大歓楽街(違)・インターパークなる大規模郊外ショッピングモールなどという所へは何気に行ったことなかったので、パスポート見せなく持ち物検査もしないのに何故かおっかなびっくりの反応ですよ。
 なんだここは(以下略)。

 つうわけでまずはK'sデンキへ(笑)。
 在庫(アイテム点数ではなく)に関しては県下一番だと思われますね。
 1フロアしかないのですが売り場面積でもかなりのものだと思いますね。
 レジが集中してまとまっている点がヤマダにはない店舗レイアウトの特徴かと思われますが、この売り場面積で集中レジというのは運用面ではどこまで効率的なのでしょうかねえ。
 ポイントカードないって言ったら現金割引カードくれました。


 そんなこんなで本題。
 「硫黄島からの手紙」が日本人以外が作った映画だとはちょっと思えませんでした。監督はクリント・イーストウッドなんですよね。外人がこんな日本の戦争映画作れね。
 なにしろ日本軍視点が徹底してますからね。
 米国の人なら摺鉢山に立った星条旗とか出したくなりそうですが、そんなシーンはまったくないところが、この映画が日本人向けの日本人のための映画なんだなということがはっきりを読み取れるのではないでしょうか。
 硫黄島に栗林中将が赴任してから地下設営の過程や平時(戦争前)の硫黄島の様子までもが短いですが描写されているのがいいですね。雨が降ったら飲料水確保とか。
 栗林中将(というか陸軍)中心に話が進んでいるので、海軍のことがあまり出てきませんが、なんかこの映画では海軍はかなり印象悪い感じになったままですね。指揮権こそ譲らなかったものの海軍だって市丸少将の下陸軍と最後の最後まで戦い抜いたわけなので、ここで勝手に名誉回復をしておいたほうがいいかな、と。
 陣地設営をしている間にも米軍機による攻撃なんかがありますが、戦史映像なんかだと米軍のものなんで爆弾を落として着弾した映像しかないのですが、そこは日本視点なので落とされる側の映像をきちんと提供してくれます。
 実際は爆煙なんかで集中爆撃なんかでは着弾の様子が見えなくなるはずですがCGバリバリっぽいのでその辺りがクリアになっていて映画独特の迫力に繋がっているのではないでしょうか。
 また上陸当初の摺鉢山への集中攻撃も同じような手法により(短いカット内で)激しく攻撃された様子を表していると思います。
 摺鉢山陥落が避けられなくなり手榴弾で自決するシーンがあるのですが、手榴弾を抱えて爆発する際の肉片の飛び散り具合がすごく激しくて、実際にあのように肉片が飛び散るのかどうかはともかくとして一兵卒の自決シーンまできちんと描きこんでいる姿勢がよいですね。
 バロン西の最期に関しては公式には不明になっているのでこの映画のような最期もありえたかもしれませんが、なかなか辛らつというか敢えてこのような形を取ったのかと思えなくもないですね。
 「鎮魂・硫黄島」的には米軍の戦車の中で遺体として発見されたとか、ウラヌスの鬣も回収されたとかいう話も残っているらしいですね。
 有名な人間にあのような死を与えるという観点から言えば、潔く戦死したい人を生き残らせたり、死ぬのが嫌で投降した人も殺されてしまったりと逆説的というか誰にも予測できない人間同士のせめぎあいという戦争の本質みたいなものを表したかったのかもしれませんね。
 産経新聞には「戦争に英雄はいない」からこそ自分の思い通りにならない死に方、生き方をさせているのだ的な記事が載っていたという記憶がありますが、それがこの映画(というかシリーズ)を貫くキーワードなのかなと思ったりしています。
 小笠原兵団司令部が決別電文の後玉砕した後も日本兵が硫黄島各地で残存していたわけですが、米軍は日本兵が今尚潜伏している地下壕を埋め立てるという効率的な方法で硫黄島占領を強固なものとしていったらしいので、これも硫黄島から生還した日本兵の少なさの要因となったのではないかと思われます。
 これも「鎮魂・硫黄島」ネタなんですが、硫黄島で最後の日本兵が投降したのは昭和24年だったという話です。
 最後に、もともと硫黄島って明治以降住民が住み着いていたんですよね。
 劇中では開戦前に本土に移送してますが。
 硫黄島が普通の人の住める島として戻る日は来るのでしょうか?。
 この映画を見て後、その日が来るのを望んだりしてしまいます。
| ヲタク::歴史 | 11:59 PM | comments (x) | trackback (x) |
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